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帰国
2014 / 04 / 17 ( Thu )
そうして、そこそこ楽しく充実した生活を満喫し、ようやくアメリカ生活にも慣れてきたかなと思った3年目、帰国が決まりました。ダンナさんは、3年半で博士号(Ph.D)を取得し、日本の最高学府で助手というポジションを得ました。


その途端。本当に、その途端、世の中が手の平を返しました。まずは、現地駐在組の日本人の奥様がたからお茶に誘われました。会う人会う人、それまでとはテンションがまるで違いました。私は、昨日までと何も変わってないのに。この人たちは、また何かあるとすぐに逆方向に手の平返すんだろうな~。


正直、私は、ダンナさんが留学後どうなるか、どうするかってまったく考えてなかったので、へーすごい、と他人事のようにびっくりしました。ようやく英語しゃべれるようになってきたところだったのに、もう帰国かあ。もう少しアメリカいたいなあ。あと少しで馴染めそうなんだけどなあ。私、これから何かできるかもしれないのに、という気持ちのほうが大きかった。それに、地元に帰る気まんまんだったので、えー東京かあ・・・と軽くへこみました。


ところが。気は持ちようです。切り替え切り替え。まだ24歳。英語もそこそこ話せます。日本ではインターネットの存在を知らない人が大多数。履歴書に「ホームページ作れます」と書けることは武器になるはず。なにしろ東京。なんでもできる。これから勝負できる。そう思ってみたら、ワクワクしてきました。


[東京でベンチャーに就職]

3年ぶりの日本は、少し違ってました。東京には茶色い髪の毛の人がたくさんいて。初めて住む大都会は、さすがガイジンが多いなあと思ったら。みなさん日本人でした。3年の間に、髪の毛を染めるのは不良の証ではなくファッションの1つになってて。アムロナミエという顔の小さなオンナの子が元気よく踊って歌ってました。久保田利伸のラブソングが主題歌のドラマでは、年上オンナX年下オトコの恋愛が肯定的に描かれていてハッピーエンド。ちょっとびっっくりでした。


就職先は、あっさり決定。アメリカのベンチャー企業です。社員は3人。社長は日系アメリカ人。ハードウェ系の会社でした。今までやってきたことが、すべて生かされる感じ。社長さんも、私の可能性を高くかってくれました。あちこちに私を連れて歩いてくれて、私にはポテンシャルがあると連呼してました。そのときは、そうだそうだと気持ちよくなってましたが、今にして思うと全然ほめ言葉じゃないですね。今は何もないってことですから。


会社は、虎の門。千葉から毎日片道2時間かけての通勤です。官舎は昔ながらの公団住宅。畳のみの六畳、四畳半、四畳半。緑色の塗り壁。昭和のにおいがいっぱいです。お風呂もコンクリートむき出しのところにバスタブがあって、10秒数えて沸かすやつ。でも家賃1万だから文句は言えません。毎朝6時40分ぐらいに家を出て、満員電車で押しつぶされること2時間。乗り換えも多くて。走っているかのような早歩きの波に遅れないよう必死でした。9時前に虎の門の会社に到着したときには、もう、くたくたです。帰りも同じ。ラッシュはないけど、2時間立ったり座ったりを繰り返してると、すごく時間を無駄にしてる気がしてしかたない。じゃ、単語でも覚えよう、本でも読もう、と思っても。結局、集中できずにぼーっとして終わってました。


業務内容はいろいろ。アメリカの会社の日本法人なので、送られてきたマーケティング資料を訳して日本用のパンフレットにしたり。展示会の準備をしたり。サポート契約する会社とやりとりしたり。OEMもしていたので、そこの打ち合わせについていったり。展示会では、ブースで説明したりマイク持ったり。大手メーカーなどは広く派手なブースで水着のお姉さんたちが踊ってました。その横で、地味にスーツ着て小さな仮設舞台で説明してると、なんだか申し訳なくて。そりゃ、私だってあんなにスタイル良ければ&脚長ければ見せびらかしますってば。


虎の門の会社は、どこかの大使館が使ってた高級アパートでした。キッチンは大きな冷蔵庫付きのアメリカ仕様。お風呂もあって、リビングがオフィス。ベッドルームが会議室。もう1つのベッドルームが社長室。まさにベンチャー。これから大きくなっていくのね。ワクワクするわ。


と。希望に胸が膨らんでいたのは最初の数か月だけ。あっという間に行き詰まり、まっさかさま。アメリカ本社も、潰れる潰れないが繰り返されCEOが解任され日本法人も契約がまったくとれず。1年半の間、お給料日にお給料が支払われたことは結局一度もありませんでした。


会社は、ぐらぐらだし。毎日4時間かけて往復してるのに、会社に着いてもすることないし。家に帰ってきても、古い社宅で気がめいるし。ダンナさんは、なんだか大変そうだし・・・。帰国した時点で、まだ24歳だったので、あと3年ぐらいはお互い好きなことしようね。と約束してました。子供もまだ要らないし。だから存分に仕事できるはずなのに。私もっといろいろ才能あるはずなのに。毎日、電車に乗ってるだけ・・・。なんのためにアメリカで頑張ってきたんだろう。


虎の門の会社の向いは、某テレビ局。坂を上りきると、もう1つテレビ局があって、ギョーカイ人っぽい人がいっぱいいます。大使館もたくさんあるので、ガイジンもうじゃうじゃ。どの人も人生が充実してるっぽいなあ。かっこいいなあ。忙しそうだなあ。どうやったら、そっち側の人になれるのかなあ。


と、ため息ばかりついていた頃。ダンナさんの転職の話がきました。いや正確には学校が変わるだけだから、なんていうんだろう。転校??東北の某旧帝大の講師です。引っ越さないといけません。


それを聞いた瞬間の反応は、「えー?また北上するの?」でした。私の中では北限は東京だったので。どんどん実家から遠くなるじゃん。あと、「私、まだ東京で何もしてない」も、ありました。ダンナさんは、1人で東京残るならそうしてもいいよ。と言ってたので、最初は、そうしようとしました。でも会社はなくなりそうだし。通勤うんざりだし。あんなに人口密度の高い東京で1人でアパート暮らししても、あんまり面白そうじゃなくて。結局、またもや、あっさり、辞めちゃいました。
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