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痛い子供時代
2014 / 04 / 17 ( Thu )
私は、子供のころ、それはもう痛々しい優等生でした。母がずっと働いていたので、私が、1歳4か月しか違わない妹の母代わり。小学校低学年のときは、自宅の裏側にある保育園に妹をお迎えに行き、洗濯ものを取り入れて、雨戸を閉めて、お風呂を掃除。高学年になると、お風呂も沸かしてました。今のようなボタン1つ押すだけじゃなくて、押して10秒待って、手を放すとボっと火が点くという結構危険で習熟度を要求される昭和のお風呂です。ご飯も作ってた気もします。


大好きな母に褒められるので頑張っちゃってたんでしょう。同じように、お勉強もとてもよくできる子でした。なにしろ真面目に予習復習してたから。習い事も一生懸命でピアノも、とてもとてもお上手でした。


中学では、全身全霊で勉強しまくり。社会の教科書なんか本文を全部すらすら言えるぐらいに丸暗記。月曜から日曜まで、全教科についてそれぞれ勉強のノルマを決めるんです。それぞれの教科について単語帳を作ったら、毎日必ずそれを繰り返すこと。朝5時半に起きて、ご飯までの1時間に、英単語と地理をやると決めたら必ずやる。時間が余ったら歴史も。1日のTO DOリストが決まっていて、それを全部こなしたらその日は自分の勝ち!いったい誰に対して勝負してるんだか・・・。


負けたり予定が狂って後ろ倒しになったりしたら軽く大パニック。学校にこっそり(?)単語帳を持って行って、休み時間にトイレに隠れたりなんかして。友達にバレないように、人気のないトイレを選んだりなんかして。誰にも見つからずに遅れを取り戻せたときは大勝利。大満足です。


そんなんなので。思春期に入ってからの反抗期は、すさまじかった。小出しに反抗しておけばよかったものの、全部まとめて一発で来たものだから大変だったのなんのって。


田舎の中学から、ほんの少しだけ都会の高校に進んだら。優等生の私を知っている人が1人もいなくなりました。普通の子のふりをしてたら、普通の子として扱ってもらえました。それが嬉しくて。なんだ私も普通なんじゃん。大丈夫じゃん。もう一気に身も心も軽くなりました。身体じゅうを縛っていた重い鎖が全部パキンと割れて粉々になったような気分。


優等生だった自分を全否定してしまった私は、勉強することをやめてしまいました。実際、勉強、というかテストでよい点をとるための詰め込み作業は中学のときに没頭しすぎて飽きてたし。反抗期も絶頂期。3年間、学校では女友達と楽しくバカ騒ぎをして、家では自己矛盾を許さない系のミュージシャンを延々と聴いてるだけ。親とは口きかないし勉強しないし。その結果、受けた大学にことごとく落ちて滑り止めのつもりだった大学にしか合格しませんでした。


今にして思うと、あんなに勉強しなかったのに、あんなに良い学校に縁をいただけたのは本当に感謝すべきことだったのに。それでも。地元のご近所の人たちには、都会の高校に進んだのだから、最低でも旧帝大、もしかしたら東大に行くかも、ぐらいに思われてたので。恥ずかしいやら悔しいやら情けないやら。
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10 : 09 : 07 | 痛い子供時代 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top
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