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4歳と2歳で会社勤め
2014 / 04 / 17 ( Thu )
そんな生活が、しばらく続きましたが、ユウイチ4歳、コウ2歳のときに、運命的と思えるぐらいぴったりの会社が見つかりました。自宅からクルマで30分以内。仕事内容も、私の専門性を十分に活かせる上に、キャリア的に今まで足りなかった部分を補えるまたとないチャンスです。ITバブルが崩壊しフリーランスでは厳しくなっていたのもあって、在宅翻訳者生活にあっさり見切りを付けました。


さて。そうなると送り迎えが大変です。今では子どもが小さいと時短勤務というものがあるようですが、当時は、そんなのありません。普通に9時出社&17時退社でした。保育園は最長19時まで預かってもらえるので、本来ならば楽勝のはずです。ところが。入社と同時期に、*すばらしい*幼稚園を見つけてしまったのです。一度、覗いてしまったが最後。何が何でも入園させたくなりました。常に見切り発車な私は、もう我慢できません。通常の園が終わってからも、18時まで預かってくれるというので、速攻で入園手続きを済ませてしまいました。


いよいよ本物のワーキングマザー生活開始です。前の晩は緊張して、一睡もできなかった。そもそも、それまで5年間ぐらいダンナさん以外の男の人と口をきいたことがなかったので、会社の男の人たちと、どういう風に接すれば良いか分からなかったし。主婦&母以外の女の人とも話したこと無かったし。若い女子たちにも免疫ないし。その上、明日からは朝6時に起きて、ご飯を食べさせて、7時半に家を出発して、なんてことを考えてたら余計に眠れなくなってしまって。初日は、出社した時点で、もうヘロヘロでした。


朝は、8時に幼稚園バスがお迎えに。これはダンナさんにお願いしました。でも出張のことも多いので、そのときは私。バスでお見送りしたら、次はコウ。保育園へ連れて行って、そのまま出社。いつも9時ギリギリ。出社した時点で今日の仕事の半分は終了、というような気分です。帰りも同じ。17時に退社したら、まず幼稚園にお迎えに行き、それから保育園へ。18時を過ぎると延長料金がかかるので、なんとしてでも18時までにお迎えに行かないといけません。でも。そういう母の気持ちをわざと逆なでするかのように、ユウイチってば、さっさと帰る準備をしてくれない。預かり保育のお部屋から駐車場までが遠いものだから、途中で滑り台に乗ってみたり、ブランコに飛びついてみたり。あんた、わざとやってんの??さっさとしなさいよぉ。保育園に間に合わないでしょッッ!キーッッってなもんです。結局、コウのお迎えもギリギリ18時。


家に着くと、もう疲れ切っていて。それでも、子供たちには栄養バランスの取れた食事だけは取らせないと。そこは譲れません。相変わらずワンパターンで一品や二品しかないお夕飯だけど、オーガニックでお野菜たっぷりっていうのは死守。そんなことをやっているから、自分のことは後回し。食べる気力も無くて。朝も夜も、ろくに食べない生活がしばらく続きました。おかげで、夢の40キロ台でした。ほんと今となっては・・・(遠い目)。


仕事自体は、空気読めなくてとまどったことも地雷ふんだことも多々ありましたが、だいたい楽しくやれました。ただ、17時退社では仕事が終わらないので、パソコンを持ち帰って明け方まで仕事したことも何度も。徹夜で仕事というのはフリーランスあがりなので抵抗ないのですが、そこまで仕事しているということが上司1人にしか伝わらなくて同僚たちには分かってもらえなかったのが哀しかった。家で仕事しても残業代はつかないから、ふつうしないですよね。当時、社内には小さな子どもを2人も預けて仕事しているのは私1人だったから、仕方なかったなあ、と今になって思います。


子供たちは、熱を出すこともなく元気にそれぞれ通ってくれました。コウなんか、会社勤めが決まったとたん、水疱瘡になってくれて大助かり。入社まで3週間ぐらいあったので、その間に完治しました。会社に入った途端、子どもの病気で1週間お休みなんて、考えただけでぞっとします。


[会社勤めに挫折]

最初の壁は、予想していた子どもの病気ではなく、仕事の都合でもなく、意外なことにお天気でした。ユウイチが年少さんのときです。ある冬の日、異常気象で突然の大雪が降りました。いつもの通り、ダンナさんがユウイチを幼稚園のバス停まで連れて行き、私はコウを保育園に預けて出勤する途中でした。


大雪でスリップしまくり。道路は機能を失ってます。コウを保育園へ送り届けるのも大変だったけど、問題は、その後。会社に向かうものの、大雪で交通がマヒしていて渋滞したまま一向に前のクルマが動きません。こっちは下り坂の途中でストップしたまま。いつスリップするか冷や冷やしつつ、いつもなら5分の距離に30分以上かかってます。どうしよう。会社に間に合わない。


そう焦っていたら、ダンナさんから携帯に電話が。もう30分以上、バス停で待っているけどバスが来ない。でも自分も出勤しないといけないから、これ以上待てない。もう行くというのです。え~!!今まで、ず~っと待ってたの?寒いのに。2人で凍えてたの?そしてバス来ないの?その時点で、私は、家から2キロほどの地点にいたので、いつもなら5分とかからず帰れる距離です。なので、うん分かった、すぐに向かうから大丈夫と携帯を切ります。


でも。下り坂の途中にいるんです。Uターンしようにも、この大雪では危険です。エンストしたクルマも見えます。こんな状態でハンドル切って坂を登っていくのは怖すぎる。だから、次の信号で左折して戻るしかない。でもクルマは動かない。ダンナさんと話していた時点では、何人かいる同じマンションのママ友に連絡して捕獲しておいてもらうから&ユウイチは1人でマンションのロビーに待たせておくことにしていました。でも。全員に電話しましたが、誰も出ない。一番動いてもらえそうな人の留守電に切羽詰まった声でメッセージを残しておきましたが、その後、何度電話しても出てくれない。当時は携帯電話の普及率も今ほどじゃなくて持っていない人もいました。彼女は持っていなかったので家への留守電だったんです。後で聞いたら、やはり大雪でごダンナさんを送るために出動していたとか。他の人たちも、きっとそうだったのでしょう。


大雪の中、渋滞で動かないクルマの中で。何度も信号が変わるのを見ながら。私は後悔してました。たった4歳の子がこんなに寒い中、1人でロビーで待ってるなんて。私はなんてひどいことをしてるんだろう。今まで1人っきりにしたことなんて一度もなかったのに。今この瞬間、どんな思いでいるんだろう。どんなに寂しくて、どんなに心細いだろう。身体も冷え切っているだろうに。泣いてるんだろうか。トイレに行きたくなってないだろうか。と、考え出したら不安で。私は、クルマの中で涙が止まりませんでした。


それから、約30分後。ようやく家に帰れました。震える手でクルマを停め、慌ててロビーに行くと。ユウイチは、いました。1人で。ぼーっと立っていました。泣いてませんでした。身体のどこにも異常はありません。おびえてもいませんでした。というより、私の剣幕に若干びびってたかも。ごめんね、ごめんね、と涙声で叫びながら、ぎゅーっと思い切り抱きしめていました。


その日は、その時点でもう10時近かったこともあり、会社はお休みしようと思いました。ユウイチに会うまでは。でも。しばらくしてなんとか幼稚園のバスがやってくると当然のようにユウイチが乗り込んでしまったので、私も遅れて出社しました。留守電を残しておいた友達にも無事に会えた旨を伝えて、ダンナさんにも連絡して、一安心。でも、このとき、会社勤めのリスクの高さを思い知りました。この程度で、うろたえるなんて、私にはムリだと思ったんです。


とは言っても、せっかくつかんだ正社員の座。半年足らずで手放すには、もったいなさすぎ。それに、社会人として、それは間違ってると思いました。2人以上の小さな子どもを抱えた母は、社内で私1人というのもプレッシャーで。後に続く人たちのことを考えたら、へたな前例を作ってはいけません。それに、その後は、子供たちの急な発熱なんてこともなく、滞りない毎日が無事に過ぎるように。仕事も慣れてきて、そこそこにこなせるようになってきました。2年目ぐらいにはコウが幼稚園にあがり、お迎えが1か所になって時間的にずいぶんラクになりました。


だから、あと少し。子供たちが小学校に上がれば、存分に仕事できる。だいたい、なんでもこなせるようになるだろうから、と明るい期待を抱きながら無難な毎日を送っていた頃、私の脚に異変が起きました。ユウイチが年長、コウが年少ぐらいのときです。両脚に、しびれがあり、発疹のようなものができたんです。私は皮膚がとても弱い人なので、なにかにかぶれたかな、ぐらいに思っていたのですが、一向に収まる気配がありません。痛みまで伴います。ダンナさんが大げさに心配するので、病院に行ってみたら、帯状疱疹と診断されました。


理由は、はっきりしないけれど、原因の1つにストレスがあると言います。そのときは、「へ?ストレス?そんなの無いよ。だって仕事も普通だし、子供たちも元気に幼稚園通ってるし。」と、まったく思い当たりませんでした。でも。仕事を辞めてから、帯状疱疹の症状は一切出ていません。となると、やっぱりあのときは、それなりにストレスがあったんだなと思います。


たぶん。仕事に慣れてきた頃だったので、この先ずっと今の会社にいたと想定した場合の自分のビジョンが見えなかったり。正社員だったけれど地方都市の給与水準だったので、フリーランスの翻訳単価と比べると見劣りを感じてしまったり。幼稚園ママさんたちの華やかな活動が羨ましかったり。そういったことが、自分が自覚している以上に大きかったのかな。。。


そうこうするうちに、ユウイチが小学校にあがり、放課後は学童へ行くことになりました。そこでまた、壁が出現です。幼稚園の延長保育は、高額だったけどケアは手厚く、自分の大事な大事な子供たちをお願いしても安心できる環境でした。が。学童では、そうはいきません。しかも4年生以降は学童は無し。人数が多いところでは、3年生からムリ。だから夏休みは1人ぼっちで家でお昼ご飯を食べるはめになるなんて話もきき、不安倍増です。


それと前後して、仕事の方でも行き詰まっていたので、とうとう自爆。結果として、正社員として社内に残るのではなく、外注業者としてフリーランスで翻訳を請け負うことになりました。入社して4年目に突入してました。
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